「元気?」って、聞かれた時、こんなに層があったんだと気づく─6レイヤーで生きるという実験─


「元気かどうか」を聞かれたとき、つい反射的に「まあまあかな」なんて答えてしまうけれど、より細かく見ていくと、
「気持ちが沈んでぼーっとしてるけど、眠れない、食べれない、にはなってない。日々マシーンみたいな状態。不思議だな」とか。
「頭は冴えてるけど、ちょっと孤独だ」とか。
「バリバリ働いてるけど、これ何の意味あるの?という気づきの芽生えは封印」とか。
「どう考えてもいろいろピンチっぽい感じに周りには見られているが、謎の安心感。あの人の存在がでかいのかも」とか。

そんなふうに、ニンゲンの状態ってかなり複雑だ。

そんな「今の自分がどうなってるのかよくわからない」時に、誰かに「元気?」と声かけてもらって、うれしかったとする。そういう時に、いきなりベラベラと冗長に自分の状態を解説する気になれずに、「うーん、まあ普通」とか「ぼちぼちやってるよ、ありがとう」って返しちゃって、「うおー自分の言葉の解像度の粗さよ!そして、なんかせっかく『ヘルプ要る?』の声かけだったかもしれないサインを若干スルーするみたいになっちゃったな」みたいな時、ありません?

そんな時、6レイヤーをすっと差し出せるような世界だったら、スムーズかも。

「なんか、『感情レイヤー』が落ちちゃってる。でも意外に『認知レイヤー』で生活回しちゃってるから、気づかれづらくてね」

「なんか、『身体レイヤー』ほぼほぼ、終わった。でも『意味レイヤー』はバキバキに見えてるから月末まではこのまま突っ走る。『関係レイヤー』のメンテナンスできてないのが気がかり」

みたいな。

身体の声に気づき、感情を受けとめて、関係性のなかで起きている動きに目を凝らし、社会との接点や、自分なりの「意味」にも耳を澄ませる。
その全体をつなぐ「回路」を、日々少しずつ調律していく。

この6レイヤーで日々を眺めるだけで、なんとなく、「ここは大丈夫」と言える理由が増えてくる。あと、「ここは助けてくれ」とも言いやすくなる。

そうやって、自分のなかに「小さな安心」を育てる手触りが、じんわり嬉しく感じられると、いい。こんな感じで、日々の発見を記録していこうと思う。

もしかすると、6レイヤー同士の「相性・組み合わせ・掛け合わせ」にも何かヒントがあるかもしれないけれど、それはまた、別の話──。

個人的に「ごとうにんシアター的」な考え方だな、とも思っている。

ごとうにんシアターとは、こんな活動

6レイヤーの話は、
ごとうにんシアターのポッドキャスト『哲学のお椀(哲椀)』でも少しお話しました。
よかったら、音声でも受け取ってみてください。


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