哲学のお椀 第15椀 「生き難さ」と「生き易さ」と


日常の気になるテーマをゆるやかに「哲学」ととらえてお椀に乗せる、『哲学のお椀』。略して『哲椀』。

確定申告やら、諸々の業務の区切りで、何かとバタバタな年度末。皆様いかがお過ごしでしょうか。

今回のテーマは、前回の「絶望」と「希望」とスピンオフ的にリンクしているのか、いないのか、「生き難さ」と「生き易さ」について。

世界を覆う「生き難さ」の大きな要素に、「経済システム」があるのではと考え、それを維持しようとする「枠組」(フレーム)を「道徳」という言葉に仮託して取り上げてみました。

現代社会において、お金を稼ぐこと、ビジネスが、「道徳」つまり「生きるための規範」となっていないか?「お金を稼ぐ」という、その「規範」を順守するために、過剰な労働、過剰な消費など、数えきれない犠牲が当然の様に強いられる世の中になっていないか?果たして、その枠組みを「ずらす」ことは可能なのか?そして、そもそも「ずらす」ことは「生き易さ」に繋がるのか?

沢山の「?」を抱えつつのトークです。

聴いていただいた皆様の間にも、色んな「?」の輪が広がると良いなと祈ります。


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